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一方環は城主陣内を連れて城外へ脱出していた。
しかしこの数時間でたった一人、陣内を守りながら何百人と殺めたその体は疲労に軋んでいた。

「環…すまんかったな…もう降ろしてくれ」

小さな背中に背負われた陣内は疲労を顔に出さない環を気遣う。

「何をおっしゃいますか陣内様。もうすぐ避難場所に到着しますから」

更にスピードを上げる環の額には大粒の汗が光っていた。
先程の戦闘で陣内を狙った火縄銃の弾を右肩に受け、走る度に傷口を縛ったさらしが赤く滲む。
戦うためだけに育てられた暗殺係。
傷をうけようとも痛みなど感じていないかのようにひた走る。

「お前には苦労をかけた。儂は城のために何十何百とこの小さな体に殺めた命を背負わせてきたのだな…」

「僕は人を殺めるために育てられました。だから人を殺すのは当たり前のことです。
陣内様にお仕えできて、何一つ悔いはありません」

「環、お前のおかげで命が繋がった者も多く居る。儂もその一人だ。お前は人を"殺した"のではない。"守った"のだ」

環からの返事は無かった。
ただひたすらに全力で道なき山道を走り、今まで聞いた事のないような乱れ必死な息遣いを陣内は背中で感じていた。
城が落ちれば御庭番衆もそこで終わりである。生き残ったとしても自ら命を絶つというのが当たり前の習わし。
今こうして生きている者の熱い体から熱が剥がれ落ち、骸に変わってゆく姿を思うと陣内は居た堪れない思いに駆られた。

無事避難場所に到着した陣内は家臣と腰元達と共に城が落ちきるのを待つ事になった。
先に町民達を遠くへ避難させ、避難場所を守っていた雷蔵が環に皮肉を言う。

「おいおい、随分へばってんじゃねえのか?トップクラスの暗殺係さんよ」

「雷蔵こそ、町民を避難させただけなのに僕以上にボロボロじゃないですか。そんな格好じゃ腰元さん達に嫌われますよ」

「へっ!そんだけ元気なら、もう一暴れ出来るよな?」

「勿論。そのつもりですよ」

雷蔵はちらりと陣内を見やると

「てなわけでよ、俺たちは城に戻って奴ら返り討ちにして来るぜ!」

といかにも楽しそうに笑った。
家臣や腰元達はこぞって雷蔵と環を危険だと引き止めたが、二人の意思は固かった。

「陣内様、あんたのおかげで最後まで戦いに没頭できそうだぜ。
 俺は一族を捨てた最低なヤローだけどよ、あんたそんな俺を欲しいと言ってくれたな。
 俺の力がどうしても必要だと…」

「ああ、お前のような男が我が城に来てくれたらどんなに楽しいかと思ってな
 うんと言ってくれるまで何日でも何ヶ月でもおまえさんを口説くつもりだったさ。
 おかげで腰元達にも活気がついた。真面目馬鹿な倅にも良い影響を与えてくれた。ありがとう」

「礼なんざいらねえよ。俺もこの城に仕えたこと、ひとつも後悔なんかしてねえ。
 この城とアンタと俺の可愛い子猫ちゃん達を守れるんなら
 こんな命、いっくらでも差し出してやんぜ!」

腰元たちに軽くウインクをすると、雷蔵は踵を返した。

「行くぜ環」

「はい!」

環も雷蔵に続いて立ち上がる。そして陣内に最後の笑顔を見せた。

「陣内様、僕は出雲城に仕えることが出来て幸せでした。
 僕のような者を可愛がっていただき、人らしく生活させていただいたご恩は忘れはしません。」

これから死んでいくというのに、その笑顔には一点の曇りもなかった。

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