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その日は風一つ無い穏やかな一日であった。
緋杜は一年が過ぎても尚、御庭番の宿舎で生活していた。
次期城主として、兄弟もおらず一人きりで背負ってきたプレッシャーと大きな責任を
数ヶ月前に影千代に払拭されてから、緋杜の心境は大きく変わった。
思えば影千代は幼い頃から兄弟のように緋杜の傍に存在していた。城主の息子と、その城に仕える家臣の息子。
互いに兄弟もおらず、互いに口下手な人見知り。
双方ともどこか似ているところがある事を子供の頃から感じていたのだろうか。
影千代だけではない。
決して長いとは言えない彼ら御庭番衆との生活の中で、血の繋がり以上の何かを雷蔵や環にも感じつつあった。

庭先にはやわらかな陽射しが注ぎ、何もかもを手にしている満ち足りたこの瞬間を一層愛おしく思わせる。

「緋杜様!」

何処からか少年の声が緋杜を呼ぶ。

環だ。

見上げた木の上。太い枝に腰掛けて饅頭をほおばっている小さなシルエットを見つけた。

「環か。そのようなところで何をしている?」

「日向ぼっこですよ。緋杜様もいかがです?」

環は懐から饅頭の入った袋を取り出すと、一緒にどうですかと首をかしげる。
毎回饅頭や菓子をどこから調達してくるのだろうか?
昼下がりには必ずと言っていいほど屋根の上や庭先で幼子のようにおやつを食べる姿を見る。
家臣や腰元達にも愛想の良い環のこと
幼い外見も助けてか、あちらこちらからもらい受けるのだろう。

苦笑しながらも、緋杜が枝の間に手をかけ登り始めると後方から雷蔵の声が聞こえた。

「環、おまえまーたこんな所で油売ってんのかよ?」

どうやら環を探していたようだ。

「油なんて売ってませんよ。僕はちゃんとお仕事してます」

「饅頭なんか食ってねえで、たまには鍛錬付き合えよな。おめーそのうちコロッコロになっちまうぞ?」

「食べ盛りなんです。ほっといてください!それに雷蔵と手合わせしたって結果が見えてますからね。面白くないですもん」

「ぬぁんだとー!!クソガキ!!!もう容赦しねえぞ!下りてきやがれコノヤロー!!」

「まーったく雷蔵ったら怒りっぽいんだから。仕方ないな。僕のお饅頭一個あげますからおやつ食べ終わるまでちょっと待ってて下さいよ」

放り投げられた饅頭を華麗にキャッチすると、イライラを隠しきれない雷蔵は肉を貪る野生児の如く饅頭を食いちぎった。

「貴様らはサルカニ合戦か?緋杜様の御前でみっともない!」

「あん?影千代…お前いつの間にわいたんだよ?」

いつの間にやら庭先に降りてきた影千代の手には、すでに二本の木刀が握られていた。

「環と手合わせする前に、俺が相手してやろう」

「あーあ、仕方ねえ。てめーで我慢してやるよ!おい環、食ったらすぐ下りて来いよ!」

仕方ないと言いつつも、雷蔵の顔は不敵な微笑みに満ちていた。



やっとのことで環の横まで登った緋杜が溜息混じりに雷蔵と影千代を見る。

「奴らも毎日鍛錬とは、好戦的だな…」

「あはは、違いますよ。あの二人は戦うことが好きってわけじゃないんです」

「む…そうか?」

「戦うことが嬉しいんじゃなくてね、自分が戦うことで緋杜様の力になれるのが嬉しいんですよ」

環の言葉に緋杜ははっとした。
彼らが戦う理由。鍛錬をする理由は唯一つ。
城を、城主を、緋杜を守るため。

「…おのれはよくそんな恥ずかしい事をサラリと言ってのけるな…」

「へ?恥ずかしい?僕何か言いました?…それに緋杜様、なんで赤くなってるんですか?」

「も、もうよい!早く饅頭を食ってしまえ!」


大自然に囲まれた豊かな城は、三匹の強力な守護神によって硬く守られている。
今更ながら、父親が選んだこの若者達の力の大きさを緋杜は頼もしく感じていた。




そんな平和な日々が続いた数ヶ月後の夜のこと。


安息の日々はあっけなく幕を閉じた。

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