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稲光が天空を駆け
薄暗い庭先に構える影千代と緋杜を浮かび上げる。
影千代は鮮血に塗れてもまだ
緋杜の前から引こうとしない。

「何故攻撃を避けぬ?」

「貴方様の信頼が欲しいからでございます」

「信用?」

「私たちは御庭番。たとえ敵の刀に貫かれようと、陣内様と緋杜様をお守りする任務を無事完了するまでは
 この命尽きませぬ。たとえ尽きてもこの体、盾となるなるため倒れはしない。
 …父は陣内様に仕えたことを何より誇りに思っていました。だから俺も、早く大人になり強くなり
 御庭番としてこの命を陣内様、緋杜様に捧げる事を夢見ていた」

緋杜の腕が力なく垂れ下がる。
同時に緩んだ手元から、ガランと木刀が抜け落ちた。

「緋杜様。先程の発言、撤回させていただきます。
 城と城主を守るのは俺たちの仕事。緋杜様の仕事ではありません。
 緋杜様の仕事は 生きること にございます。
 どうか全てをその身に背負われないで下さい。我々がおりますゆえ…」

そう言って真っ直ぐに見つめるその瞳が揺らぐことは決してない。
俯いた緋杜の頬を流れるのは雨か、涙か。
大粒の雨の中、長い沈黙と共に立ち尽くしていた二人であったが
緋杜は一言

「参った」

とだけ告げると、びしょ濡れのまま宿舎の廊下を本丸の方へと歩き去って行った。
子供の頃のように無邪気に笑った緋杜の目には
もう迷いなど微塵も感じることはなく
影千代は安堵の表情を浮かべた。



三人に正式な御庭番任命書が届いたのは
その日の夜のことであった。

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