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「まーた怖い顔して。一人で何抱え込んでるんですか?」

瞼を開けると、目の前に環が立っていた。
いつからここに居たのだろうか。気配すら感じなかった。

「環…聞いていたのか?」

「ええ、陣内様に広間へ通されたところからずっと」

「ずっと…?」

「まったく、僕達が居るっていうのに水が臭いますよ」

「みずくさい、と言いたいのか?
 これは俺が陣内様に命じられた仕事だ。お前たちには関係ない」

「僕達はこのお城の御庭番ですよ?
 次期城主に迷いがあっては僕らのお仕事も大変になっちゃいますからね。
 それに、若様の気難しさは影千代一人がなんとか出来るレベルじゃありませんよ」

不敵な笑を浮かべる環に影千代は呆れたように溜息をついた。

「お前たちがいたところで、緋杜様のお心を変えられるとは思えん」

「さぐり合いや難しい議論ばかりじゃ変わるものも変わりませんよ。時には力技だって必要なんです」

「言っている意味がわからんのだが…」

不審そうな影千代の肩を背伸びして軽く叩いて

「あとは力のスペシャリストに任せましょう」

といかにも楽しそうに満面の微笑みを浮かべた。



緋杜の足は、いつの間にか御庭番衆の宿舎へ向かっていた。
いつもの癖だろうか。
庭に隣接する廊下を気が抜けたようにふらふらと歩くと頬に雨の湿気を感じた。
…と、
庭に誰かがこちらを見据えて立っている。
雨に打たれ、びしょ濡れになりながら。

「よう若様。待ってたぜ」

赤毛の男がニヤリと笑った。

雷蔵だ。

「雷蔵…そんなところで何をしている?」

「待ってたのさアンタを。手合わせ願うぜ若様」

「手合わせ?何故この雨の中」

「アンタ俺たちが御庭番になった事、まだ納得いってないんだろ?
 そんなら自分の腕で御庭番を選抜すりゃいいんじゃないかって思ってな。
 陣内様にもしっかり了解もらってきたぜ。」

「手合わせ…か。よかろう」
手合わせを願い受けた緋杜の目は、諦めに満ちたように揺れていた。

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