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その日は朝から大粒の雨が降っていた。
まだ正午だというのに空の色は重くどんよりとしている。
城主の呼び出しで広間に参上した緋杜も、今日の空のように重苦しい心持ちであった。

「約束の半年だ。お前の考えを聞こう」
父、陣内透衛門に見据えられた緋杜の表情にいつもの自信は見られなかった。
半年前のこと。
新たに任命された御庭番衆に対して不安を感じた緋杜が些か強引なやり方で彼らの実力を試したのだ。
緋杜が城を思ってやった事と悟った陣内は、緋杜に
半年間御庭番衆の宿舎で彼らと寝食を共にし、彼らが本当に御庭番に相応しいか見定めよと命じたのである。
そして半年という月日が経った今日
陣内はあらため緋杜の決断を聞こうと広間へ呼び出したのだった。
しかし当の緋杜は口をぎゅっと一文字に噤み険しい表情で俯いたままだ。
城主はそんな息子の心の内をとうにわかりきっていた。
この後彼がどのような決断を下すかも、そしてその決断が彼にどのような不安を与えるかも全てわかっていた。
緋杜がゆっくりと顔を上げる。
薄い唇がゆっくりと開くと、重く低い声で呟く。

「父上…この半年、奴等の後見に務めて参りましたが…異論はございません。御庭番は奴等三人に任せましょう」

言葉とは裏腹に、声色は明らかに迷いを含んでいた。

「そうか、うむ。お前がそう決断をしたのならばこのまま奴らに御庭番を続けてもらうとしよう」

「はっ。それでは父上、失礼致しまする」

ゆっくりと立ち上がると背を少し丸めたまま深く頭を垂れて礼をし、緋杜は広間を出ていった。
その様子を見ていた陣内がふっと遠くを見つめて溜息をつく。

「あやつの決断をどう思う?」

空に投げられた問いに、何処からか答える声が聞こえる

「緋杜様自信に迷いが見られます。我々ではやはり頼りないのでしょう」

低音の落ち着いた声。
この声の持ち主がゆっくりと闇から姿を見せる。
影千代だ。

「本来ならばお前にこのような酷な仕事をさせたくはないのだがな…儂では限界がある。
 緋杜と幼少の頃からよく遊んでおったお前だからこそ、頼める仕事なのだ。
 あやつの心配の虫を宥めてはもらえぬか?」

苦笑を浮かべた陣内の前に音も無く跪いた影千代は表情のひとつも変えず誠実な眼差しを陣内に向けた。

「緋杜様の背負われた苦しみ、この影千代が半分でも共に背負えるのならば本望でございます」

「昔から…お前には世話をかけてばかりだ。倅を頼んだぞ…影千代」

「御意」

深く頭を下げると、すっくと立ち上がり緋杜と同様に影千代も広間を出ていった。

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