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庭先では、真剣を振い風を斬る音が絶え間なく響いている。
誰かが鍛錬をしているのだ…
その音の主が影千代だと、緋杜は直感的に察知した。
「相変わらず真面目な男だ…」
寝言のように呟くと、無理矢理に鈍く痛む頭を持ち上げて障子をゆっくりと開け放つ。
外からなだれ込む強烈な光に一瞬目の奥がズキリと強く痛んだ。

「緋杜様、おはようございます。」
「やはりお前か影千代。幼き頃から変わらぬな。」

緋杜は懐かしそうに笑みを含んだ。
しかしすぐ横の縁側に、小さな気配を感じて表情を強張らせる。
環だ。
どこからもらって来たのか、呑気に縁側に腰掛けて饅頭を頬張っていた。

「おはようございます緋杜様。僕、お邪魔でしたら早々に立ち去ります」

緋杜が表情を強張らせたのを見逃さなかった環は饅頭を懐にしまい込んで立ち上がった。
「環、鍛錬の相手はいらんのか?」
「ああ、稽古はまた今度お願いしますよ影千代」
そう言うと緋杜に軽く頭を下げて、風のように去って行ってしまった。

「鍛錬の約束をしていたのか…悪いことをした…」
「いえ、約束という程の事でもありません。お気になさらず」
「たったの二日で、随分と打ち解けたようだな」
「お互いの戦闘能力の確認とでも言いますか…様子見です。まだ奴ら二人とまともに話すらできておりません」
「そうか」
ため息をつく緋杜の不安事が手に取るように伝わってくる。
次期城主の責任は想像以上に重いのだ。
偉大な父親を超えて、より良い国を育てていかなければならない。
自らの首は勿論、民を守り城を守り
また信頼も勝ち取っていかなければならないのだ。
しかしこの若君は父親、陣内透衛門とは正反対と言って過言でないほどの
内向的で人見知りな性格の持ち主である。そして恐ろしく慎重で腰が重い。
今は若君という立場ゆえに背伸びをして堂々と振舞ってはいるが
幼い頃の緋杜は、いつまでも父親の後ろに隠れ離れようとしないような子供であった。
思えば遊び相手など居なかったのだろう。
影千代は度々若様の話し相手にと父親に連れて来られていたのだが、なかなか口をきいてはもらえなかった。
これは苦労されるに違いない。
大きなお世話かと思いつつも、明らかに環を苦手としているあの態度。
影千代はこれから先の緋杜の気苦労を思うと、行動せざるを得なかった。

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