『出雲の宴』 -1- -2- -3- -4- -5-  メニューへ


「ぎゃああああ!!!」

腕を押さえて転げまわるその男の姿を見て、浪人達は怯みを見せた。

「節操がねえ奴等だな。反吐が出らぁ…」
鈍い音が響いたと思うと、腰元を羽交い絞めにしていた浪人が白目を剥いて崩れ落ちる。
背後には巨大な鎖鎌を片手に雷蔵が立っていた。

「女の敵は俺様の敵だ。この城の女に指一本でも触れてみな、二度とお天道様は拝めねえぜ」

雷蔵の言葉に浪人達の怒りが頂点に達した。

「調子こきやがってクソッタレが…!」
「構わねえ!こいつら全員ぶっ殺せ!!」

言うが早いか真剣を抜いて一気に襲い掛かってくる。
見境いなどはない。斬れればいいのだ。報酬の事など男たちの頭からとっくに消えていた。

「これでは手がつけられん…父上、お逃げ下さい!!」

緋杜も刀を抜き参戦したが、広間の外まで地獄絵図のような惨事である。
自分の力ではもうどうすることもできない。
応戦しながらも陣内の姿を必死に探す緋杜の手首に、浪人が振り下ろした鞘が直撃した。
激痛と痺れに思わず刀を落としてしまう。
すでに四方は真剣を持った男達に囲まれていた。
首めがけて振り上げられた剣に観念するしかなく、緋杜は後悔と無念の思いで目を閉じた。
一瞬、緋杜の目前を異常な速度で何かが通り過ぎた。
ざくっ。と鈍い音がしたのはその直後であった。
緋杜は痛みどころか刀が体に当たった感覚さえない。斬られてはいないのだ。

───では誰が?

緋杜の前に立っていたのは環だった。
浪人の刀を素手で掴み、腕には真っ赤な血が滴っている。
しかし環は眉ひとつ動かさず、当然のようにそのまま刀を浪人の手から力ずくで奪い取った。
手の平から飛び散った赤い雫が頬に着地し、緋杜はぎくりと体を硬くした。

「まったく、お行儀が悪い人達ですね。ここをどこだと思ってるんです?」
傷ついた左手をぺろりと舐めると、環は見下すような鋭い視線を浪人に向けた。

「こ、このガキ!!!」
背後から仲間の浪人が斬りかかると、環の体はくるりと回転し
高く上げた踵を相手の後頭部目掛けて叩き落した。
思わぬ体制から踵落しを食らった浪人は、先ほど緋杜に刀を向けた仲間を巻き込んで
襖を突き破り廊下へ投げ出されてしまった。
あまりの破壊力に浪人はおろか緋杜までも声を詰まらせる。

「緋杜様、お怪我はありませんでしたか?」

「あ、ああ。私は大事ない。しかし、父上が」

「陣内様なら大丈夫ですよ。…ほら」

環の目線の先には陣内を後ろに庇いながら浪人達を次々に倒す影千代の姿があった。
目にも止まらぬ二刀流の剣さばきはまさに電光石火。無駄な動きなど一つも見られない。

「陣内様への無礼はこの俺が許さん。死にたい者は前へ出ろ」

浪人達は陣内はおろか陣内を囲む家臣達へも指一本触れることはかなわない。
なぜなら前後左右、周囲はすべて影千代の領域なのである。
一歩でも踏み込めば命の保障はない。
影千代が放つ瞬殺の刃を恐れ、大半数の浪人は散り散りに城の外へと逃げていった。

「へぇ、なかなかやりますね」
いかにも面白そうにニタリと微笑する環の傍らで緋杜は言葉ひとつ出せずにいた。
まさかこれほどの実力がこの男達に秘められていたとは。

『出雲の宴』 -1- -2- -3- -4- -5-  メニューへ