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「植物ってね、栄養がイイとああやって大きく育つんですよ。」
見覚えのある少年が屈託の無い笑顔で窓の外を見つめていた。
名前は環。
元は出雲城に暗殺係として仕えていたが、完璧な仕事ぶりを陣内に認められ
御庭番の役職に就く事となった少年である。
「人の死体なんかを肥料にしてると特にね」
月明かりで浮かび上がったその容姿は、少女と見紛う程に繊細なつくりをしているが
笑顔の奥でギラリと光る得体の知れない気迫は、
何十。何百と人を殺めてきた暗殺者そのものの重さと狂気を秘めていた。

「なんだクソガキ、今お目覚めか?」
「さっきはどうも。お陰さまでゆっくりと休めましたよ」

数時間前に行われた御庭番候補の実戦試験で環は雷蔵に倒されていた。

「あの根暗野郎に礼言っときな。てめえを運んだのはあいつだ」
「へえ、そうだったんですか。大丈夫、借りはきっちり返しますから…」

「勿論、あなたにもですよ。雷蔵」

穏やかだった声色が、重く響いた。
まるで鋭利な刃物のように冷たく鋭い言葉に、雷蔵は一瞬息をのんだ。

「…このままじゃ済まさねえってことか。
上等じゃねぇか、いつでも相手になってやるぜ?」

「いやだな。仲間内で争う気はありませんよ。
それに今から僕達の歓迎会があるんでしょ?
仲良くやりましょうよ…せっかくですから」

ね?と首を傾げた環の表情からは、先程までの殺気が嘘のように消えていた。

「それじゃあ僕は先に広間へ行っています。
あ、そうそう。あんまり派手な格好をすると若様に大目玉食らっちゃいますよ?
あの人陣内様と違って手厳しいから、気をつけて下さいね。」

そう言って爽やかに笑うと、環は風のように廊下の闇へ消えていった。
雷蔵は呆気にとられて返事をすることさえも忘れていた。
影千代が部屋を出たのは、雷蔵と環がこんな挨拶をしてからすぐのこと。
いつ如何なる時も人様に恥じぬ姿であれ。
これが武士の礼儀であると父親に教育されてきたため、
雷蔵のような着流しに羽織姿。などとラフな格好で宴に出席など言語道断。
紋付羽織に頭髪も頭上できりりと結び上げ、武家の血に恥じない姿で広間に登場した。
それまで女好きの雷蔵に目配せをされ、初々しく頬を赤らめていた腰元達が
一気に黄色い歓声を上げたのだから、雷蔵は面白くない。
あからさまに影千代を睨みつける雷蔵の横で環はクスクスと笑っている。

「父上、本当に良いのでございますか?」
三人の様子を見ていた出雲城の若君、緋杜(ひのもり)が怪訝な顔で問うた。
「お前は不服か緋杜?」
猪口に注がれた酒をちびちびと飲みながら陣内は問い返す。

「あやつらは御庭番衆として養成された者ではありませぬ。」
「なに、三人ともあの試験を勝ち抜いたのだ。腕が確かならそれで良い」

「しかし、あの赤毛はどこの馬の骨かわからん風来坊ではありませんか。
環とて元は暗殺係として育てられております。隠密の仕事ができる保障はございません。」

「お前は雷蔵、環を御庭番から外し、影千代一人に任せよ。と言いたいのか?」

「そうではありません。影千代は私も幼き頃から見知っております。
それゆえ信用はしておりますが、なにも御庭番に就かせることは無いのでは?」

「影千代が自分で望んだ事だ。儂は父親と同じ役職を勧めたのだがな…どうしてもと聞かんかった」

緋杜は押し黙り拳を強く握った。
影千代の人間性はよくわかっている。信用のおける男であると。
しかし御庭番という大役をこなせるかどうかは不安なところなのである。
また、他の二人の実力も自分の目で確かめたわけではない。
城と城主が危機に晒された時、最後の要となるのが御庭番なのだ。
緋杜の意を察したかのように、陣内は口を開いた。

「…心配ならば試してみよ」
「は?」
「お前のやり方であやつらを試せば良い。
その結果あの三人が力不足であったなら御庭番の任から解く。
新しい御庭番衆はお前が納得できる人材を用意せい。」

緋杜はしばらく俯き考え、陣内に一礼して広間を出て行った。

「我が息子ながら馬鹿真面目な奴だな」
陣内は悪戯好きの子供のように体を揺らすと、猪口の酒を一気に飲み干した。

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